ー新社会人の備忘録ー

地方公立大学生→社会人。社会や教育や人間について日頃考えている事を綴ります。

オープンアクセスとなった時代におけるインターネット情報の価値とは

インターネットの普及によって嘗ての時代においては情報の大部分が大学や図書館等の特権的機関に領有されていた情報カーストの時代を超えて、ーオープンアクセスー公共で無料に情報アクセス可能な環境が構築されたという意味において情報格差がフラット化された現代社において“インターネット情報”の持つ価値は何処にあるのかについて以前に大学の友人と話していた中で感じた事柄を書き記しておきます。

友人の見解としては、

自由に“情報が見られる状態にある”ってのと“自由に得られる”ってのは違う。

例えば、高校の頃、ネット上に論文とかが上げられてるってのは知識として知ったけどCiNiiやGoogle scholarとかは知らなかった。
情報が膨大にあるからこそ欲しい情報を取ってくるには知識がいる。

つまり、情報自体にはそこまで価値はないと思うけど、情報を得られる技術を持った人間には価値がある。

との事でした。

確かにネットの登場によって多くの情報が世界中のインターネット利用者の手元に届けられることになり、人は欲しい情報にいつでも容易にアクセス可能になった。

‪けれど本当に良質で価値のある情報に辿り着く為にはリテラシー、情報収集力、理解力等が必要不可欠であり、それらの能力の有無によって個人の情報アクセス可能性は大きく左右される。

さらには、
人は自らの先端においてしか学ぶ事は出来ない

という言葉に示されるように例え優れた価値のある情報に触れられる機会に巡り会えたとしても、目の前の情報を適切に理解し咀嚼し得るだけの理解力や思考力、そして活動する術を持たなければ情報の本源的な価値は損なわれてしまうかも知れない。

この場合、情報リテラシー‪能力が未熟な人間にとっては圧倒的な機会損失になるけど、意識的に良質な情報を収集しようとする努力を怠らなければ無限に可能性の満ちた開かれた時代でもあるというお話でした。

人権侵害や差別意識の超克に向けて

先日、大学の研修の一環で大阪を訪れた際に人権意識の高揚を目的とした施設の一つである大阪人権博物館及びかつての部落差別地域を見学する機会を得た。
此処では館内や周辺地区を巡る中で私が感じたことなどを備忘録的に述懐する。


大阪人権博物館は、大阪市浪速区にある人権に関する大阪府の登録博物館。愛称はリバティおおさか、運営は公益財団法人大阪人権博物館。日本全国でみられる同和対策事業の一つ。 (Wikipedia)

http://www.liberty.or.jp


大阪人権博物館

館内には「被差別部落」「ハンセン病」「アイヌ民族」「水俣病患者」「DV」「児童虐待」「HIV/AIDS」など様々なことを深く考えさせてくれる展示物や資料が数多く設けられていた。我々に突きつけられるこの世の惨劇模様を他の学生達の多くが何か目を逸らしてはならないものであるかのように真剣な眼差しで直視している姿が印象的であった。
得てして我々は陰惨な差別や人権軽視が平然と行われていたという事実に対して過去の時代の不当性や残虐性を一方的に糾弾し、物事を単純で分かりやすい一般的な倫理道徳的感情で処理してしまう状態に陥りやすいものである。しかしながら、差別構造や人権蹂躙は現代にも形式を変えて蔓延っているのもまた事実であり、我々も決して無関係な世界に生きているわけではない。現代に生きる我々、とりわけ過去の凄惨な歴史を知り、人権処遇改善を護る砦となる専門職の道を志す者の一人としてこうした惨劇を繰り返さないという自意識を強く持たねばならないと思う次第である。




また、この先も人類社会は不可避的に過ちを繰り返すであろうが、個人レベルで、或いは社会集団レベルでそれらを乗り越えるべく過去の歴史には目を向けられるべきであると感じる。

人間は愚劣なこともあれば崇高なこともある。

必要なのはその両方を知ることです。

被差別地区

私自身、被差別部落問題に関しては学校における講義や書物・文献上で見聞きした事はあったが、その詳細な実態は知り得る契機も無く今回の研修の中で初めて見知る事柄が数多く存在した。
被差別部落出身者はかつて特定の居住地域に出身しているという理由だけで貧困や環境の劣悪さ、進学や結婚における不利、職業の特殊性といった様々な差別的処遇に見舞われてきた歴史的事実がある。
しかしながら、差別の跡地や僅かな資料或いはその事実を語り継ぐ者の話の一部を聞き齧っただけで分かった気になってしまうことには同時にある種の恐ろしさを孕んでいる。無論、現代を生きる我々にとって過ぎ去った時代に生きた人々の日常意識や行動を推し量るには限界を伴うが、そこで生きた人々が遺した軌跡は多くの示唆を与えてくれる。ある特定化された社会の枠組みの中で生きる人々は、自らのアイデンティティーを引き受けながら、その中で人生における様々な哀歓を交錯させつつ生きていたのであろう。第三者である我々にとって当事者等がどのような社会的状況に置かれ、差別意識が何によって醸成されたのかについて目前の対象に想像力を働かせ、当時の時代状況を生き抜いた人々の生活や想いを与しようと考える姿勢が何より肝要な事であるように感じられる。

こと部落差別問題に限るならば出自が社会的に意味をなさない事こそは究極の解決といえるのではないかと思う。これは換言すると、部落差別出身者が自らの出自を公然と開示したところで何ら特別な意識を向けられないことである。現在では部落問題そのものは完全に解消したとは言えないまでも、また人々の価値観や感性、経験の差異はあるにせよ、多くの面で部落内外の境界意識は薄れてきており、前近代的な差別感覚を不当なものと見なす規範が優勢となっている。しかしながら前項で述べたように差別問題は対象が変化しただけで現代にも形を変えて存在している事に盲目になってはならない。現代に生きる人々は我々の時代に固有の「差別問題」と向き合い、超克すべく絶えざる闘いを挑むことが求められているのだといえよう。

差別問題を巡る論理

政策的な文脈に照らすとある特定の対象の利益を優先すると必然的に別の対象に振り向けられる筈であった資源が損なわれてしまう事になる。

差別に対する議論というのはそういう曖昧なものなのだ。あくまでも権力闘争や再分配を巡る議論であって、普遍的な正義の為の闘争ではない。

普遍的な正義となるには、分配するリソースが余剰にあるか、そうすることによって社会全体の生産性や幸福度の向上が見込める時だけだ。ある主体が別の場所から何かを移転させようとすれば、大抵は争いが生じる。

ビジュアル部落史

ビジュアル部落史

かつての自分を救いたいという想いの中で生まれる利他的思想

最近色んな話を聞く中で福祉や医療の分野に進む人達って根底には弱い立場に置かれた人や困っている人達を助けたいという想いがある人が比較的多いような気がしています(もちろん全員が全員そういう訳ではないですが)。

でもそういう感情や動機ってどこから来るんだろう。誰かを心の底から救いたいと思う動機って何があるんだろうって考えてみると色んな理由があるはずで、

・困ったときはお互い様とか、見返りが期待できるかもとかそういう損得勘定から?
・深い考えに裏付けられた強い信念から?
・かつて自分が助けられたことに恩義を感じているから?
・許せないとか、見捨てる事ができないとかそういう理屈を超えた衝動から?

対象や状況によって答えは違うと思うけど、どんな理由であれ誰かを救いたいという思いを持てるのはとても素敵な事だと思います。


これに纏わる話でタイムマシンの発明に全人生を捧げるロナルド・マレット博士の波乱万丈な人生を思い起こしました。

https://www.google.co.jp/amp/s/tocana.jp/2015/11/post_7824_entry.html/amphttps://www.google.co.jp/amp/s/tocana.jp/2015/11/post_7824_entry.html/amp

タイムマシンの製作に人生をかけるマレット博士。その強い想いの背景には、彼の生い立ちが大きく影響していたようだ。

ニューヨークのブロンクス地区に生まれた博士は、10歳の時に父親を心臓発作で亡くした。その後、家族は親戚を頼って各地を移動するなど、貧困に苦しんだという。「父親が33歳という若さで急死しなければ……」という思いが消えることはなかった模様。

そのような中で出会った一冊の本、「SFの父」ことハーバート・ジョージ・ウェルズによる『タイム・マシン』が、博士の運命を決定づけた。そう、過去に戻ることができれば、父親を救うことができることに彼は気づいてしまったのだ。その後、若き博士はベトナム戦争に従軍してアメリカ空軍の「戦略航空軍団(SAC)」に配属される。そして、復員兵を対象とした支援を受け大学進学を果たし、卒業後はユナイテッド・テクノロジー社に就職。レーザー技術の研究に従事した。その時の経験が、現在のタイムマシン理論につながったという。

「いつも父のことを考えています。彼に会いたいという熱意が、今の私を作り上げました」(マレット博士)
(中略)
もしも博士の理論が現実になっても、残念ながら「父親とコミュニケーションを取る」という博士の願いは実現しない。それでも彼は、
「想像してみてください。もしも過去の人々に警告を送ることができたなら、数えきれないほどの命を救うことができるでしょう」
(中略)
どんなことでも、取り組まずして成功することなどあり得ない。不可能と思われていることに挑み続けてきた人々が、歴史を切り拓いてきたことは紛れもない事実だ。


また他にも類する話でコウノドリ特設HPに鴻鳥先生のモデルになった荻田和秀先生がある中学生の女の子に対して答えた内容が深く僕の心に沁みました。

Q.
私は今中学1年生ですが小学校2年生からずっと産婦人科医になりたいと思っています(助産師も興味があります)
理由はこの前のコウノドリ2話のように私の母も私を妊娠中に子宮頸がんであることが分かって子宮摘出など色々しましたが2歳のときに亡くなってしまいました。
私のような悲しい思いをする人を少しでも多く減らしたいと思ったからです、しかも産婦人科医にはなにか言葉で表せないようなものを感じています。コウノドリ1のおかげで、さらにその思いが強まりました。医者になるのはそう簡単では無いので今のうちから出来ることや、やっておいた方がいい事はありますか?
また先生はどうして産婦人科医になったんですか?どうしても産婦人科医になりたいんです。よろしくお願いします。

A.
君は辛い思いをした分、凄くいいお医者さんになるに違いない。もうそれは間違いない。
でも、お母さんの仇を討とうと思っているなら、医者になるのはやめといた方が良い。君がしんどくなりすぎるから。
どんなに医学が進んでも、どんなに一生懸命、考えられる限り最上の治療をしても、助けられない人は必ずいる。全ての人が思い通りに治る訳ではない。君はそんな場面にプロとして立ち会える?ずーっと冷静でいられる?

だからそれを乗り越えていけるように…いま、本を読みなさい。小説でも古典でもノンフィクションでも、とにかく出来るだけ沢山本を読みなさい。そこにはいろんな時代のいろんな人のいろんな悩みが書かれてるから。
そして音楽を聴きなさい。クラシックでもジャズでも何でもいいから、音楽を聴きなさい。そこにも作曲者や演奏者の思いや悩みが奏でられてるからそれを感じて欲しい。
それらを目一杯取り込んで…自分の思いや悩みと置き換えなければいけない。そんでもっていつか自分の気持ちをぐーっと楽にさせる事が出来たら、それから医療の道に進みなさい。
必ず、進みなさい。まっすぐ、進みなさい。
その道のどこかで、君を待ってる。




荻田先生は中学生に「未来は決して復讐の為にあるのではない」という事を伝えたかったんだと思います。
亡くなった母を助けられなかった無惨さ、虚しさ、無力さ...そういったものを引き受けて背負って生きていかなければならない中で、どれ程最善を尽くしてもそれでも救いくれない現実を知ってしまったら、何処かで耐えられなくなる時が来てしまう。

現実とは往々にして複雑で、思い通りにいかない事も多々あるが、その中で踏み止まり続けるには強い気持ちや覚悟が必要なのだと思います。

否定的事象と利他的思想
自分が経験した辛い想いや経験を、きっと世の中には自分と同じような苦しい思いをした人が沢山いて、そういう想いをする人を少しでも減らしたいという想いの中には利己的な思想と利他的な思想の両方の要素が含まれているような気がします。それはかつての自分を救いたいという気持ちと似通っている。

だからこそ自己本位に陥ることなく、偽善者だと罵られることなく、純粋に誰かの為にという想いが生まれる。

僕自身大学生活の中で色んな人達と出会って、その中でたくさんの人間の悩みや不安やトラウマを聞いてきて、自分なりにそれをどうにかしたいと思って踠き考え続けてきて、自分が何とかできないかと沢山勉強してきて、その答えが欲しくてずっとやってきたけれど未だに自信をもって“これをやりたい”と言い切れるものは見つかっていません。

そうした中でふと思いました。

自分の抱えている問題を解決したいと思っている他の誰よりもその人自身や周りの人達なのではないかという事

以前に聞いた話なのですが、難病を患う患者の家族は、時として医者に匹敵する程その分野の治療法に詳しくなる事があるそうです。
病気になってしまった最愛の人を是が非でも救いたいとインターネットや書籍でありとあらゆる情報を掻き集めて、血眼になって今ある医療の中で最善の方法を探そうとする。

本当にその問題をどうにかしたくて、現状を変えたいという強い思いを持ってるのはその人自身やその人を大切に思う周りの人達であり、それを乗り越えるのが個人の力では不可能な際に他者の力が必要となる。
特にその領域に精通していなければ対処出来ない高度で複雑な問題には体系的な技術や知識を有する専門職の力が求められる。

人は自分が経験した範囲内でしか本当の意味で共感する事はできません。でも少なからず人が抱える悩みには時間や空間を超えたある種の普遍性のようなものが含まれていると思う。そこに気付けるどうかっていうのはきっと凄く大きい。それは世の中のニーズであり、誰かが何とかしないといけない物なのだから。

そう考えていくと、この世の中の職業は誰かがそれを必要としてるから、その職業が存在する訳であって、そうした意味において世の中の仕事は本質的に全て利他的なものなのだと思う。

要するに仕事というのは突き詰めると、
誰の、どんなニーズに、どうやって応えていくか、そしてその為に自分が何ができるかという点に集約される

以上述べてきましたが、結論として言いたいことは、自分が何かを目指す明確な理由を説明する為には自分自身の原体験のようなものが不可欠なのだという事。自分の今までの人生を振り返って、どういう時に自分が悩んできたのか、その時に何があれば良いと思ったのか、何に自分は憧れてきたのか。そこに対する後悔の深さや想いの強さが強ければ強いほど、より自分の物語が幾層にも濃くなってゆく。そしてその物語は此の先どんなに辛くても、その実現のためには如何なる労苦も厭わない覚悟や想いの強さを裏付けるものとなるような気がします。そういう物を見つけ出すには自分の人生を徹底的に顧みていく必要がある。やりたい事が見つからないという話をよく耳にするけど僕自身が感じているのは、

“答えはこれまでに自分が歩んできた軌跡の中にあるのだという事”

多分きっと皆振り返って何も無いような人生を歩んできた訳じゃないよね?
思い返してみれば“あの時...”そう思えるような物がきっと各人の内にあるはず。

最近は就職の事を色々と考えますが、自分が何をしたいかというのはきちんと筋道立てて人に語れないといけないし、自分が大切にしている「価値観」が何かというも改めて見つめ直したい。

現代社会において知能の高さが評価される背景と能力評価の基準に多様性が求められる理由

現代の私たちが生きる社会において、「知能」と呼ばれるものが優れている人、即ち頭の良い人は高く評価される。これは言い換えると、現代の社会において優れていると見なされている能力が「知能」だということを意味する。

知能の高さが現代社会においてこれほどまで評価されている理由については、人類の歴史的な発展に伴い、社会が求める能力に知能が大きく関わっていることが影響していると考えられている。人類は18世紀に産業革命と近代化を経験し、それ以後の社会では科学技術や産業、政治・経済・法律といった複雑な社会制度から日常生活に至るまであらゆる領域において、抽象的で目に見えない知識や概念を扱うための能力が要求されるようになった。(複雑な法的手続き、資産管理等)

こうした歴史的な過程の中で、抽象的概念を扱う能力が高い人ほど社会階層の上に行きやすくなっていく構造が形成されてきている。見方を変えれば、そうした知的能力が低ければ高度で複雑化した社会に適応することが困難な社会になってきていることを意味する。

しかしながら、知能とは具体的にどのような能力かと言われると忽ち答えに窮してしまう。

現在、世界中で使用されており、我々にも馴染み深い知能を測る検査として、デビッド・ウェクスラーが改良を加えた知能検査がある。知能検査の結果は知能指数(IQ)として表され、得点の分布は平均値を100とした正規分布を描き、同一年齢集団内での相対的位置によってそれぞれの結果を比較することができる。

どんな能力も社会的に認知されて初めて「能力」として定義されるが、公教育現場の価値基準においては明らかに「学力」が高く評価されている実情がある。その一方で、社会的に認知されていない能力、即ち何らかの形式で測る基準とその方法を持たない才能や能力は、学校教育の場では認知され難い。しかしながら、生きていく上で大切な力や人間性仕事を遂行する上で要求される能力は学力という単一の基準では決して測り得ない。

知能というものはテストの点数だけではありません。

他人に対して思いやりをもつ能力がなければ、そんな知能など空しいものです。

人間のこの特性を欠いているひとびとは、残忍な嘲笑と空威張りの仮面のかげに隠れるものです。

(「アルジャーノンに花束を」p.4)

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他に具体的な例を挙げると、

道路工事のような仕事では、知能検査やペーパーテストで測られるような様々な知識や抽象的な概念を扱う能力ではなく、肉体的に壮健であることや工作機械を器用に操る力、安全性への勘などといった能力が求められる。こうした能力を総合的に表すための「一般道路工事能力」を測定するテストは私が聞き及ぶ限りおそらく社会に存在しない。これらの事柄が意味することは即ち、道路工事全般をうまくやり遂げる能力を表す一般的な尺度が存在しないために、そうした能力は社会的な認知や評価を受けづらいということである。

以上のことから、人間の優秀さは単一の判断軸では測りきれないという帰結が導き出される。

 

IQと遺伝の関係性について

ある研究結果からはIQに関しては70%以上、学力においては50~60%、遺伝の影響が関与していること分かってきている。学力や知能に遺伝的な影響があるということは、同じような教育を受けたとしても、どの領域でどのレベルに行けるかどうかは、各人の遺伝的な素養によってある程度規定されていることになる。

生まれた時点で配られた、子ども自身にはどうすることもできない手札によって知的能力の大部分が決まってしまっているということは一部の有利な性質を持つ人間以外の大多数にとって聞こえのいい話ではない。

個人が自らの力を発揮して広く活躍しようと思えば、

個人が有する素質や才能、潜在能力を自ら/他者が見抜けるか否か、それらの能力を発揮できる機会と巡る逢えるか否か、が分水嶺となる。

才能の見抜き方に関しては、また別の記事で詳細を書こうと思うが、僕の考えでは概して

《自分では当たり前だと思っているが他者の目から見て並外れた能力に映るもの》

にその萌芽が見られる。

本来人間が有する才能や能力は多種多様であり、求められる能力は時代や地域、状況に応じて変化していく。現代の知識社会において、一般知能の高い人間が高い社会階層へ進みやすいという側面があるのは事実であり、今後もその傾向が続いていくと思われる。一方で様々な能力や才能を活かす機会や評価する基準軸が多様化すれば、今までに光があてられてこなかった人々に活躍の機会が拡大していき、人類の全体的な幸福度や生産性は飛躍的に向上するのではないかと個人的に思っている。

 

知識社会で活躍しよう

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日本人の9割が知らない遺伝の真実 (SB新書)

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頭のでき―決めるのは遺伝か、環境か

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あり余る可能性のどれを切り捨てるかを迫られる時期に差し掛かってきた

自分は今年度で大学3年生となり、今後の将来を考えていく上で現時点での自分の考えをここに記しておきたいと思う。

なにぶん僕は受験に失敗し人生を有利に進めていくためのカードを1つ失ってしまっていたので、大学1、2年生の時は組織の肩書きに頼らず個人として勝負していける実力を高めていく為に色んな分野に手を出して自分の可能性を広げようと努力してきた結果“今はそれなりに選ぶことが許される立ち位置にいる”と個人的に思っているが、此れから先は来年以降の就職活動を見据えて、領域を絞って特定の領域に関する高度な知識と経験を高めていく方向へとシフトしていかなければならない。

数年前までは社会的地位や年収を重視していたが“地位や位の高さが必ずしも人格的な高潔さに結び付く訳ではない”ということに気付いて以降自分の中で大きく価値観が変わっていった。

(歴史上登場してきた数多くの暴君や独裁者を見れば直ぐに分かることなのにどうしてそんな簡単な事に気づかなかったのだろう(ー ー;))


加えて、自分自身で何か主体的に動いていかなければ、親の意向の下で地方公務員になる未来がかなりの確率で目に見えている。
しかしながら以前ある方から「君のような人間が公務員になるのは勿体ない」という御言葉を頂いたことが今も自分の心に残っているので出来る限り公務員以外の選択肢も考えていきたいと思っている。

勿論、他の選択と比較・検討した上で自分で納得して公務員を選ぶのであればそれはそれで良いと思っているが、単に社会的な安定性などといった自分にとってコミットメントの低い理由から安易に公務員を選ぶのは試験対策に掛かる時間や参考書といった費用面を考慮しても割に合わない気がする。

なりたいかなりたくないかは別として、自分が学んできた分野と関連性があり漠然と興味がある職種や領域としては、

公務員・研究者・ソーシャルワーカー・キャリアコンサルタント・人材マネジメント・カウンセラー・グリーフサポート・メンタルヘルスマネジメント・ファイナンシャルプランニング・婚活アドバイザー・ハラスメント相談・受験コンサルティングetc...

それから自分の中で重視している価値判断基準として、

自己裁量権が大きいこと

“こんな人達と一緒に働きたい”と思えるような魅力的な人達と一緒に仕事ができること

社会全体の生産性の向上や最大多数の最大幸福の実現への貢献


これらの条件と自分がやりたいと思っていることを併せて考えると、

受験・進学・キャリア・就職・転職・結婚・出産・引退・退職・愛する人との別れ...何れも人生における節目と呼ばれる人生のターニングポイントとなる出来事を迎える時期であるが、僕は出来るならば

《人生の節目で出くわす種々の問題や悩み・不安などの解決をサポートし、本来適切な選択を選ぶことができたならば未然に防げたはずの不幸を封じ込めるための相談援助をしていきたい》

言葉を変えるならば、

《人生における意思決定の最適化を支援したい》

これらを可能とさせてくれる仕事に可能な限り近いものを選んでいきたいと思う。

 

以前どこかで“その道のプロフェッショナルとなれば何処からでもお呼びがかかる”といったような話を少し耳にした覚えがあり、その話が今でも心に強く残っているので、まずは自分の専門領域を極めた後にそれらを他の分野に活かせる道を探っていくというのが現時点での結論になるのかな。

何れにせよ僕は25-28歳くらいの間に結婚したいと思っていて(“この人と今後の人生を共に歩んでいきたい”と心から思える人がいればの話だが)、家庭ができたら自分一人の為の人生ではなくなってくるため、自らの可能性を追っていける猶予期間を定めて、それまでは必死に努力して夢を追いかけていたい。