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旧帝落ち地方公立大生のブログ

地方公立大学2年。人生の岐路に立たされた際に相談してもらえるような人間に。ある事象の背後に存在する本質を的確に捉え言語化して表現したりします。官僚or外資系コンサルor研究者への道。

一年前...

僕が現在通っている大学は受験生時代、「受験することすら想定していなかった」レベルの大学でした 。


僕の第一志望は地元の名門である名古屋大学

当時の自分にとって受験は文字どおり人生を懸けた挑戦でした。

僕の人生設計は、努力の末に旧帝大に受かり、その後の人生は“勝ち組”としてエリート街道を歩むことであり、そうした人生を自分が送ることをひたすら夢見て毎日毎日必死に受験勉強に捧げてきました。


《最後まで受かると信じてやってきた》

《他の誰よりも行きたいと強く願っていた》

《自分は名大に入るに相応しい人間だと思っていた》

《努力は報われると証明したかった》




けれどそれは叶いませんでした。


合格発表の日、掲示板を見て自分の番号が無かったのを見たとき、

『ああ、どうせ落ちるくらいなら初めから頑張らなければよかった』

と真っ先に思いました。

帰りの電車の中で、何度もなんども自分の受験番号と合格者の画面を確認しても、そこに自分の番号は存在しなかった。

ひたすら家で声をあげて泣いて、これまで自分がやってきた参考書や問題集、プリントの山を見返してはまた涙が止まらなくなって...。

応援してくれていた人、期待してくれていた人、一緒に頑張ってきた仲間、

何より
《これまで頑張ってきた自分自身に対する申し訳なさ》


この想いは今でもずっと自分の心の中にあります。

僕が今頑張っているのはこの“贖罪意識”が大部分を占めていることは否定できません。

自分の実力よりも上の大学を目指して失敗し、本意でない大学に入って“こんな大学に入るつもりなどさらさら無かった”という想いを一生引きずって生きるくらいなら、最初から「そこそこ頑張れば余裕で入れるレベル」を目指していれば心の傷は浅く済んだことでしょう。


今の大学を悪く言うつもりは決してありません。

学生は真面目で温かい方が多く、教授も熱心に指導してくださり、施設に対しても不満はありません。

何より自分を受け入れてくれる“居場所”がある。


それでも本当に気持ちが通じ合えるのは同じ境遇を味わってきた人間だけです。

志望校への想いが強ければ強いほど、落ちてしまったときの辛さや苦しみは想像を絶するものなのです。

【受験や学歴が全てではない】ことも

【10代後半時点での自分の能力が届かなかっただけなのだ】ということも

【今の大学だからこそ出会えた人、学んだこともたくさんある】

という事は頭では分かっていても、


未だに受験に失敗した時のことを思い出して、泣きそうになるし、自分のキャリアのおいて、《この経歴を一生背負って劣等感を抱きながら生きざるを得ないという事実に生涯苦しめられる》ことになる。