蒼穹の叡智ーとある大学生の備忘録ー

旧帝落ち地方公立大学2年生。ある現象の背後に存在するものを見抜いて、言語化するブログ。

日本の未来における微かな希望は“民間の非営利組織”にあるって話

現状、日本社会全体に問題があり過ぎて「世の中クソだ😩」と感じる人々が、特に20-30代を中心に多くなってきているように感じます。


公共政策の分野に関して言うならば、世の中の問題を解決しようとするアプローチとして従来型の「中央集権的な政府主導による再分配政策」というモデルの大部分は機能しなくなってきている。

日本には、スウェーデン🇸🇪やフィンランド🇫🇮といった北欧諸国のような社会民主政党が存在せず、国家の再分配機能を強化することは困難であると言わざるを得ません。

従来の高度経済成長を前提につくり上げられた社会保障のシステム・制度では対応できる範囲が局所的であり、公的サービスが地域の生活圏域に深く根付いたものとは言えないものと化した結果、現状社会の至る所に問題が噴出してしまっている。

そうした流れと併せて財政支出削減化の圧力を受けて、地方の自治体は必要な財源を確保することができず、社会問題を解決するのに必要な人材、施設、給与等を与えるための整備は充分に行き届いているとは言い難いでしょう。


少子高齢化が進行し、生産労働力人口の減少に伴い税収は減額していく中で、予測される社会問題の様相は益々複雑化・高度化していき、行政サービスでは対応しきれないことは明白となっています。

日本🇯🇵では公共事業は専ら政府が「担い手」となって推進してきた事もあり、行政が主導となり問題解決を推し進めていく考え方も一方では根強いですが、今や
《民間が主体となって問題解決を図るといったアプローチが主流となりつつある》

この際、民は公的サービスの単なる受益者に過ぎないという意識ではなく、《個人が社会的に不遇・劣位な立ち位置に追いやられた場合、政府や官の行政権力ではなく、中間団体が人々の福祉を回復させるといった発想はは非常に重要となってきます》

既にそうした動きは古くから全国各地で見られており、NPONGO・各種ボランティア団体といった利潤追求を第一義的に掲げることなく、自発的に課題解決に向けて取り組む非営利組織によって補完されてきました。

時代の転換期においては、ほぼ同じ時期に同じ様なことを考える人が同時多発的に出現してきます(僕自身、そうした動きは今後加速度的に増えていくであろうと思っています)。

今後は、《若い世代と過去の負の遺産を清算するメンタリティを有する退役世代の中で日本の現状や将来に対して危機感を持った方々》が中核となって組織化し、日本のNPOの黎明期から最前線に立ち先駆的な活動をしてきた方々が築いたプロトタイプがビジネスモデルとして機能するようになり社会的な地位も高まってくる(と良いなあという願望😔)。

こうした草の根レベルでの動きのインセンティブとしては、『やりがいや自分の役割を見つけるためのボランティア活動の場』といった自己実現をする機会の創出や『他者を配慮するケア精神』が根底にあります。加えてそうしたケアは自己犠牲を伴うことなく、況んや義務感からではなく「各人の内なる衝動」として存するのではないでしょうか。

こうした潮流が世の中のスタンダードになっていけば、地域コミュニティを基盤とした次世代社会モデルの構築され、国家という仕組みにほとんど依存しないコミュニティ・地域も生まれてくるでしょう。

社会のセーフティネットが強固なものになっていけば、誰もが生活困窮に陥るリスクを抱える今日において多大なる貢献をしていくことは幾ら言葉を尽くしても尽くし過ぎることはありません。


あくまで理想論を語るならば、

《国家の再分配機能の強化と併せて民間の団体が組織的に機能することで、より社会のなかの広い範囲に対して十全な救済措置が施されるようになってくる》でしょう。

(ただ問題は、いくら志を高く持っていたり優秀な方々が警鐘を鳴らしても、既存の社会体制側に彼らの熱意を打ち砕く強固な障壁が日本にはあるので、燃え尽きるか、可能な限りの挑戦をしてた後に日本を去っていくという苦渋の決断をするパターンが多い点😔)


前にも書いたけど、結局僕が出来るのはこれ👇

僕にとって日本が崩壊することは十二分に想定の範囲内だ...というか最近、ますます現実味を帯びてきている。



以上、自分の参画する活動への総括や今後の展開に対して個人的に実りある考察となりました。
これらは現時点での僕個人による見解であり、
【今後さらに多くの人々によって展開・発展していかなければならない事である】と最後に付して論考を締めくくらせて頂きます。

長文になってしまいましたが、最後までお読みいただき有難うございました🙇🏻