蒼穹の叡智ーとある大学生の備忘録ー

旧帝落ち地方公立大学4年生。福祉や社会について日頃考えている事を綴ります。

一般に意識高い系と呼ばれる大学生は実際にどういった人たちなのか

世の中の大学生の中には、俗にいう“意識の高い活動をしている人たち”が一定数存在します。

僕自身はそういった方々をみると、

「すごい、頑張ってるな」
「将来の目標に向けて、いろいろ考えていて偉いなぁ」

と素直に感嘆するのですが、一部の方々の中には身の程知らずにも、

「アイツ、意識高い系かよwwww」

といった無礼な発言をする残念な人がいるので、そういった偏見を少しでも減らしていきたいと思いこの記事を書きます。


【そもそも意識高い人とは】

彼らの多くは自分に対して掲げる目標や理想とする姿のハードルが高かったり、早期の段階から自分の将来のことを真剣に考えて行動に移してるような方が多いといった印象を受けました(もちろん個としての能力も秀でていることが多い)。

彼らは通常、普通の大学生が通過する成長カーブよりも高い成長曲線を描いていきます。

そして周りよりも精神的な面で成熟していたりポテンシャルの高さを持て余しているが故に、バイト、サークル、講義、趣味、飲み会🍺といった世間の王道的な流れを“そこそこ”楽しみながらも、漠然とした物足りなさを感じ満足できなくなってしまう。

そうした中、周囲の同世代の多くは、サークルやら彼女やらバイトやら単位やらといった話ばかりをする中で「あれ、大学ってなんか思ってたのと違う...」と感じ始める人が少しずつ出てきます。

(まあ裏では個人差はあれどいろいろ考えている人もいると思います。ただ表立ってそういう話をしたりできる空気はなかなか無い)


日本の大学は、主に《授業に出席し必要な単位を取得すれば卒業できるという教育システム》を採用している。

勿論のことですが、大学の講義の中でも実践的な演習やディスカッション、プレゼンテーション、グループワークや実習などを通して現実社会で必要とされるより実践的なスキルを習得できる場も数多く設けられています。

しかしながら、大学生は一般的に大学生として扱われる中で、高い志や問題意識を持った彼らは、

「このままで良いのだろうか...」

「もっと自分にできることは無いだろうか」

そういった思いを抱きつつ漫然と日々を過ごしていく中でSNSやインターネット、学内で“何か凄い活動をしている人たち”を見て感化され、世界の広さを痛感し「このままじゃヤバい」と気付き始めます。

いかに自分が狭い世界の中で生きてきたかを痛切に感じ始め、大学生というモラトリアム期間をより意義や実りのある活動に費やそうと考え、アクションを起こし様々な活動に手を出し始めます。

  • 起業
  • 国内外の各種ボランティア
  • NPO
  • 株の取引
  • 被災地や発展途上国での支援
  • 学生団体の立ち上げ
  • セミナーの受講
  • 世界各地の放浪
  • 各種イベントへの参加
  • 社会人との繋がりを大切にする
  • 事業(ビジネス等)を展開する
  • ブログを始める

こうして早期の段階から、社会との接点を持ち各々の目標に励んでいく彼らは、途中多くの壁に阻まれながらも懸命にチャレンジしていく中で、他の大学生を圧倒する成長を見せ始めることが多いです。

単に漠然と学生生活を過ごしていく人と何かを変えていこうと行動を起こしていく人たちとの間に存在する差はなかなか後になって埋めるのは難しいと思います。

《僕らは、現時点で自分が有している可能性で今後の人生を勝負していかなければならないのだから》

「意識高い系」の研究 (文春新書)

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