読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

旧帝落ち地方公立大生のブログ

地方公立大学2年。人生の岐路に立たされた際に相談してもらえるような人間に。ある事象の背後に存在する本質を的確に捉え言語化して表現したりします。官僚or外資系コンサルor研究者への道。

教養欲しいよねって話

そもそもなぜ教養が求められるのでしょうか。

A.教養ないとバカっぽくみえるから


-完-



というのは冗談です(笑)

ちゃんと詳しく解説していきます。


よく有識者の方々が書かれた見解や社説をみていると、近年日本人の教養レベルが衰退し危機的な状況にあるという言説をしばしば拝見します。

こうした背景にある事柄で個人的に考えられるなと思うのは、

・消費社会における娯楽の普及や多様化
・メディアのもたらす外的情報が氾濫している
・専門的な知識を求める実学志向
・日々の生活の多忙さに追われ、修養や心の平静を保つ時間が持てない
・階層の固定化により、自分の属する社会集団によって個人の触れる文化資本の傾向が均一化する
・高等教育に市場原理を導入した結果、かつては限られた『大学』が乱立し大学教育の相対的な価値が低下したこと
労働市場の先端では教養ではなく先端的な“技術”を有する「専門家」が求められるようになった
SNS(Twitter、LINE等)ではメールや手紙よりも短文中心のメッセージが多いため深く掘り下げた内容になりづらい
・伝統的な文化への畏敬の念が希薄している事
・教養・人文主義的エリート層の衰退
・管理教育による生徒の学ぶ意欲の低下

などなどですね。

  • 根本的には、《きちんと勉強したことに対して相応の見返りや将来を財界や教育行政が提示できない既存の体制側》に問題があるのかなと思っています。

教養があって、優秀な人がそれに見合う対価が得られない(どこの共産主義社会でしょうか)


「それじゃ、教養意味なくね?」となってしまうので、なんとか教養の意義を伝えていきたいと思います。


僕自身は《人間は、過去の歩み方に沿って生きてしまうものだから、未知の問題に遭遇した際にも、過去の類似した例を参照して対応するものだ》と思っています。

《歴史は繰り返される、けれどそれが以前と全く同一の形態をとるとは限らない》


その為、ある程度、知識や経験から裏打ちされたものがあれば現実の場面でも対応力があるのかなと思ったりしています(もっともそれらを発揮できる組織風土や環境が整っているという条件を満たしているという前提がありますが)


加えて“真に教養がある人”というのは一般的な『歴史や文化といった社会的に認知されている知(常識を含む)に精通している人』といった意味合いだけではなく、

【自己と他者に対する多角的認識を可能とする幅広い知識や社会性、倫理観】

【単なる雑多な知識の集積ではなく、断片的な知を紡いで経験にまで昇華させ「物語り」にする能力】

【学術的な知を現実の生活場面に援用できる力】

なんかも持ち合わせていて、精神的にも柔軟な感性を持っているのかなって思います。

中・長期的な視点に立って始めてその意義が分かるものとも言えますね。


何より、会話しててためになるし学べる事が多かったり、多くの知識や経験に基付いた見識があるので信頼できる(ことばに説得力がある)といった印象を受けます。

教養がある人でないと理解できないと思われるような事柄が世の中には多過ぎるので、興味を持てる範囲・理解できる範囲が広がっていくというメリットも大きいですね。


教養は短期的な視点ではなく大局的な観点から見渡せば身に付けておいて損はないと思います。