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旧帝落ち地方公立大生のブログ

地方公立大学2年。品格があって、奥深く、それでいて分かりやすい文章を目指して綴っていきます。ある事象の背後に存在する本質を的確に捉え言語化して表現したりします。

報われない努力はしない方が良い

 前述した記事の続きの内容です

http://supernovana01ntural.hatenablog.com/entry/2017/01/31/134710

核心部分だけ抽出しておきました👇

僕自身が考える努力の定義は

【外的な規範・評価軸と自分の掲げる目標とする姿を重ね合わせ、現状を変えるためにそれに向かって自己犠牲を伴いながらも、対価を得るために自らの有する資源を投じる行動】

一般的な努力のイメージに
《競争などの外的要因+自己犠牲を伴う+見返りを求める》が加わったものと考えてください。

たとえば、
部活でレギュラーを獲得する
大学受験で志望校に合格する
バンドマン🎸となって売れる
甲子園に出場したい
箱根駅伝に出たい
一流企業の内定を勝ち取る
といった類のものです。

あくまで「自己完結型の目標」
身体を鍛える、カラオケを上達させる、絵が描けるようになる、というのは僕の定義内での努力には入らないということを予めご了承ください。


【努力のデメリット】

⑴払った対価の割に得られるものが少ない

努力には、ハガレンでいうところの『等価交換の法則』が成立しないんです。

努力によって獲得できるものは自分が費やした労力、時間、資源に比して限られています。

努力してきた人は“自分はこれだけやってきたんだ”という自信を持てる一方で、これだけやってきたんだから望み通りの結果を得られるはずだと『見返りを求めてしまう』のですね。

「努力は裏切らないって言葉は不正確だ。正しい場所で、正しい方向で、十分な量なされた努力は裏切らない」(林修)

この言葉に示されているように、成否は適切な量・質・方向性・方法論を要する努力、才能、環境、適正、運といった要素が複合的に絡み合った結果成立します。

⑵努力が報われなかった時のことを想定しづらい

つまり、リスクマネジメントが困難な点です。

近代日本🇯🇵は江戸時代の身分制社会から解放され、家柄や身分ではなく努力によって高い地位に辿り着くことができるという希望に満ちていたそうです。

「立身出世主義は人々に夢や希望をあたえる。しかし、叶えられなければ、社会への反逆や抵抗、士気の低下などによって一転して危険なエネルギーにも転化する代物である」(立身出世主義―近代日本のロマンと欲望より)


しかしながら、〈努力すれば何とかなるはずだ〉という希望は多くの場合、裏切られる可能性の方が高いです。

そしてその希望が裏切られたときの絶望はその希望の大きさに比例します。

報われなかったときの悲惨な結末も考慮に入れるべきです。

せっかく努力し続けられる精神力や体力を有しているのであれば、 命を擦り減らしてしまう前にその才能を他の分野に活かすべきだと思います。


⑶そんなに頑張れる人って少数派

多少の尊敬はされど、大抵の場合かなりの確率で浮くか、距離を置かれます。

あなたは私たちとは違う人なんですね、
と心の中で一線を引かれてしまう事もあります。

さらには努力しない他者に対して攻撃性を帯びた意識が生まれてしまうことも往々にしてあり得ます。
(「俺がこんなに必死になってるのにあいつらヘラヘラしやがって😡」と)

⑷上には上がいる

世の中で輝かしい実績を残した人の陰には、数多くの《実績を残せなかった》人が存在し、その上に成り立っています。

そもそも努力できる人というのはベースとしてある程度は才能があったり優秀な人である場合が多い。
そしてそれ故に“自分ならやれる”と勘違いしてしまう。

僕自身も中途半端に才能があったがために、
「お前ならやれるよ」と周囲から期待され、頑張っても結局だめで潰れるという事を何度か繰り返してきました(学習能力がない)

本当に高次元なレベルでの競争は、選ばれた人間どうしの過酷な生存競争が行われています。
自分の投じられる資源の限りを尽くしても、勝てる見込みがない場合、最後は命を削って闘うという手段を取るしか術がなくなります。

その結果、無残な結果に終わった場合、

“こんな思いをするくらいなら初めから頑張らなければよかった”と、毎晩泣き明かす地獄のような苦しい日々が続きます。


けれども人には誰しも人生の中で必死になって努力しなければならない時期が何度か訪れるときが必ず来る。

「そんな時はどうすれば良いのか」と尋ねられると、

基本的には
《自分に才能がある、適性があると思える分野or幼年期に他者から凄く褒められたり認められた分野orひとつのことを何年も続けられる分野で頑張るべき》だと思います。

僕は〈努力し続けられる〉こともひとつの才能だと思っているので、成功可能性をしっかりと吟味し、ダメだったときに採れる選択肢を残しておいた上であれば、ありだと思っている。

ただ可能ならば、

『自分が勝てる場所で勝負する。ここだと決めたからには最大限の努力をする。つまり、大して努力しなくても勝てる場所で、誰よりも努力をする。それができれば、もう負けることはないはずです。』(林修)

頑張っていればいつか報われるはずだと信じてしまうのは非常に怖い考え方だと思います。


ただ様々な挫折経験をすれば、自分の能力を正確に見積もることが出来るようになるので、等身大の自分を見れるという側面もあるので一概には言えないですが。

《失敗に終わったけど、挑戦して分かったのは自分の“限界”だった》